知識をどこまで拡張するかは個々のニーズに合わせて

授業を進める中で、生徒に獲得させる知識をどこまで拡張するか。そう簡単には判断がつかない問題です。難関私大をその科目で受験する生徒を考えれば、ある程度は細かいところにも触れておく必要もあるでしょうが、クラスにはそうした生徒ばかりではありません。前者のニーズを満たそうとすると他の生徒には過剰な負担を与えかねません。

学ばせる範囲を拡張し過ぎては、やりきれずに放置してしまう生徒も出てきますし、他教科の学びにも予復習などに十分な時間が割けなくなるなどの影響を及ぼし、認知の網をきちんと張らせるべく「5教科7科目をきちんと学ばせる」のを難しくしてしまうリスクもあります。

各単元の「コアとなる理解」をしっかり作り、認知の網に大きな穴を残す生徒がいないようにすることは大前提ですが、その先は個々の生徒の進路希望など、ニーズに合わせた「学びの広げ方、深め方」ができるよう、課題の与え方には十分な配慮と工夫を凝らすべきだと思います。

2016/11/21 公開の記事をアップデートしました。

❏ 必要な知識の範囲は、生徒一人ひとりの事情で異なる

どの科目にも言えることですが、先生が担当している科目を受験で使う生徒もいれば、使わない生徒もいます。難関私大の受験に備えなければならない生徒と、共通テストだけの生徒、国公立の二次対策をメインに考える生徒とでも、必要な知識の広さや学びの深さは違います。

すべての生徒が共通して身につけなければならないのは、卒業後に社会を生き抜くために必要な、認知の網と学習方策です。

身の回りに起きていることを正しく理解するには、「認知の網」を広く張っておく必要があるのは、別稿で申し上げた通りです。問題の解決には、必要な情報を集めて知に編めるだけの学習方策も欠かせません。

指導計画や授業デザインを考えるときに最優先すべきは、各単元の核となる部分をしっかりと理解させることと、単元内容を学ぶことを手段に21世紀型能力の各要素の獲得を図ることです。

個々の生徒に、そのニーズに応じて必要な知識を獲得させるのは、その先にある次の課題ということになりますが、認知の網が調い、学習方策も身についているとなれば、知識の拡充は生徒が自力でできるはず。

もしできないという生徒がいるなら、それは学習方策を十分に獲得させてこなかった、これまでの指導にこそ省みるべき点があると思います。


❏ 個々の生徒に応じたゴールを示すのは先生の仕事

先生方がなさるべきことは、どこまで知識が必要か、進路希望などによって段階的に「明確な線引き」をして見せることではないでしょうか。

必要な範囲を明確に示してあげないと、どこまで勉強すれば良いか(=今の自分の取り組みで十分なのか)判断がつきません。それに不安を覚える生徒も、慢心してしまう生徒もいるはずです。

学力的にも余裕がない生徒が、やみくもに学ぶ範囲を広げては、優先順位の低いことに余計なエネルギーを投じる一方、大事なところをきちんとこなせない「バランスの悪い勉強」になってしまいます。

宿題をこなしきれない生徒も増えるはず。その対処に余計なエネルギーを投じるのは先生方にとっても負担ではないでしょうか。

逆に、進路希望を叶えるのに必要な範囲のはるか手前なのに、「これで十分」と勘違いしている生徒がいたら、後で猛ダッシュが必要になり、転んだり、焦って道を間違えたりするかもしれません。


❏ 線引きには用語集や傍用問題集を活用

サブノート形式のプリントを作るときに、埋めるべき空欄ごとに重要度を記号で表示し、獲得すべき知識はどこまでかを示すのに利用しているケースは少なくないと思います。プリント作りにわずかな手間を加えることで、線引きができるという点では合理的な方法かと思います。

ただし、生徒にしてみれば、自分にとって当座の必要がないことでも、空欄を埋めずに放っておくのはあまり気持ちの良いものではないはず。

用語集や傍用問題集が生徒の手元にあるようなら、これらを使って「どこまで勉強するか」の線引きをおこなった方がスマートです。

押さえておくべき用語を、生徒のニーズに応じて何段階かに分けて表示したリスト(プリント)を配布しておき、生徒自身に用語集や参考書を調べさせて、各単元の学習が終わるまでに各用語を説明できるようになっておくことを求めている先生がいらっしゃいました。

生徒のこなせる量を見極めつつプリントに掲載する用語の数を調整したり、焦点を当てた理解を求めたいときには簡単な問いを添えたりと臨機応変な対応が取りやすく、効果的な指導ができているとのことでした。

数学などでは、傍用問題集の設問番号で「宿題」を指定できます。授業で扱った練習問題が解けた生徒は〇番~〇番、自力で解けなかった生徒は△番と△番、といった具合に、理解度・習熟度別の指定も可能です。


❏ ニーズを共有する生徒を集めて作る発展学習の場

知識を水平方向に広げていく単純な拡張だけではなく、より深い高度な思考をトレーニングする必要が生じることも多々ありますが、この場合でも、クラス全員を対象にすべきかどうか、しっかり見極めましょう。

手出しできないと感じるほど高度なタスクを無差別に与えては、科目への自己効力感を失っていく生徒が続出するばかりだと思います。

非常に深い思考を求める大学群の出題への対応力を養うなら、それらの大学を志す生徒だけを集めて指導を行うべきです。夏休みや放課後などに設定する講習(志望校別対策など)を利用すれば、ニーズのミスマッチを起こすことなく、目的に沿った指導が効率的にできるはずです。

ちなみに、発展を目的とする講習では、先生が説明するだけでなく、生徒同士の話し合いにも十分な時間を割きましょう。解法を考え出す力や思考の結果を言語化して他者に伝える力を養うことも重要な目標です。

そもそも、個々に頑張れば身につく力なら、自宅で宿題に取り組ませれば良いはず。それだけではカバーできないところを獲得させようとして設ける場ですので、対話を通した「思考の拡張」を図ることを優先した運用を心掛けるべきだと思います。

講習会は「日々の授業の積み残しを解消する場」ではなく、「個々の生徒(群)のニーズをより細かく満たす機会」として計画すべきです。



繰り返しになりますが、「クラス全体に同じ広さと深さの学びを求める/タスクを課す」という発想を離れないと、様々な問題が解決の糸口を失ってしまいます。生徒自身に、必要に応じて情報を集めて知に編み、不明を解消する力を身につけさせることに注力した指導と合わせ、個々のニーズに合致した学びの範囲をしっかりと描き出すことが、「教育の個別化」の実現にもつながっていくのではないでしょうか。

■関連記事:
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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