リモート学習の可能性と十分な成果を得るための前提要件

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、昨日から多くの学校で休校措置が取られました。所用があって駅前の商業施設を訪ねたところ、フードコートで楽しそうに談笑している高校生やカラオケ店に入っていく中学生らしきグループを見かけましたが、大丈夫なんでしょうか。

休校という非常態勢をとった意味が伝わっていないような気がするような、しないような…。ここで愚痴っても始まりませんが。

それはさておき、自宅学習の課題をICT環境を介してやり取りする学校が想像以上に多く、ここまで環境が整ってきたかと改めて認識するとともに、リモート学習の可能性と課題について、どこかでしっかり考える必要があると感じたしだいです。

可能性の面で言えば、リモート学習の環境が整っていれば、今回のような非常時への対処にも柔軟性が増すのは間違いなさそうです。

起きては欲しくありませんが、台風や地震といった自然災害のときにも正しく活用すれば、休校でカリキュラムに遅延を発生させたり、補講の日程確保で苦慮したりといったことも減らせるかもしれません。

しかしながら、ICTを介したリモートでの学習が、教室での学びの代わりになり得るかというと、その場と事前の二局面でクリアしておかなければならない条件がかなり多くありそうです。


❏ 読んで理解し、思考を表現する要素を備えた課題

プリント形式の課題を配信し、生徒が教科書や副教材で勉強して、完成したものを提出させるにしても、選択問題や穴埋め問題、あるいは単純な求答式問題だけでは、生徒は教材から情報を拾い上げただけです。

新課程以降は、知識・理解は「生きて働くもの」であることをこれまで以上に求められます。教材から拾い上げた情報をそのまま空所に移動させただけでは、「知識に編む工程」も踏んでおらず、課題の解決に活用しているわけでもなく、思考・判断・表現の要素もあまりに貧弱です。

穴埋めそのものは「教科書や副教材を読んで情報を拾い上げる」という初期工程を確実に踏ませるという点で無意味ではありません。

しかしながら、単元や章の理解の軸となるような記述・論述要素を含む問いをひとつ、ふたつ加えておかないと、生きて働くこともない、断片的な知識を一時的に短期記憶として通過させるだけであり、正しい学びにはならないはずです。

そもそも、穴埋めだけなら、横流しされてきた誰かの答えを書き写しているだけかもしれませんよね。ズルすることの楽さを学習させないようにしましょう。



❏ 日頃の授業で「自力で学ぶ力」を養っておく必要性

また、普段から生徒に教科書や資料をきちんと読ませ、自力で理解できるようにさせておく「準備指導」がどこまで成果を得ていたかも、リモートでの学習の成否を大きく分けるはずです。

日々の授業の中で、先生からの問い掛けを通して、行間や余白にも意識と関心を向けるような読み方を学ばせておくことが、教科書や副教材をソースに、自習課題で与えられた問いに答えを考えるところまで学びを進められるようにする前提条件ということです。

普段の教室での授業がPBLの要素をどれだけ含んだデザインになっているかも、自習の質や深さを変えるように思います。

成績上位生の伸びに蓋をしないようにするなら、自習課題に拡張型調べ学習の要素を含むものを組み込んでおくべきだと思います。

自宅待機期間が終了したときに、対象となった単元の理解が十分に深まっていなかったとしたら、これまでの学ばせ方に省みるべき点があったということではないでしょうか。来期以降の糧にしましょう。



❏ リモート環境でいかに「対話的な学び」を作るか

リモートでの学習でもっとも欠落しがちなのは、「対話」の要素だと思います。対話的な学びが目指すところは、生徒が交わす言葉を増やすことではなく、生徒が互いの気づきや知識を交換することで、より深い思考、より広い視野を持つことにあるはずです。

ICTを利用できるなら、真ん中の「C」(コミュニケーション)の機能を使って、様々な工夫が可能かと思われます。

賛否の分かれるイシューを題材にしたり、様々なアプローチが可能な課題を選んだりすれば、電子会議システムなどを使ったディスカッションも可能かもしれません。

クラスを幾つかのグループに分け、各グループのメンバー一人ひとりにそれぞれの「調べ学習課題」を与え、それらを組み合わせてグループとしての答えを作らせる「ジグソー法のリモート版」だってあり得ます。

今回の対応でも実際にやっておられる先生がいらっしゃいました。普段から教室でそのような活動に習熟させておけば、こうした対応もできるということです。もちろん、急にやっても上手くいきませんが。



日頃の授業でどれだけ思考の場を用意しているか、学習方策に習熟させているか、対話的な学びを実現するための手札を持っているかが、こうした非常時に打てる手立ての幅を大きく変えるのだと感じます。

動画を視聴して穴埋めプリントに答えを書き込んだらその単元の学習は完結、というのであれば普段の教室での授業の存在意義はいったい何ということにならないでしょうか。

生徒には卒業後にも学び続けてもらわなくてはいけませんが、より広く考えると、教室を離れてもきちんと学べる状態を目指した指導が、教室での学びの目的の一つなのかもしれません。

まとめページ「休校中の学びをより大きくするために」

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一