多様な意見と正しい理解(対話をどう収束させるか)

生徒に問いを投げかけて考えさせたり、お題を与えて調べさせたりするのは、思考力や調査スキルを身につけさせるために欠かせません。やらせないことにはそこで必要となる能力・スキルは育ちません。そうした能力やスキルを生徒一人ひとりがどこまで獲得できているか観察し評価するにも、そうした活動の場を整えることは不可欠です。

しかしながら、考えた結果、調べた結果をレポートなどにまとめさせて提出させたり、意見として表明させたりするだけでは、学んだ対象への正しい理解、十分な知識が形成できるわけではありません。

獲得した知識・理解が間違っていては、それらが活きて働くかどうか以前の問題です。誤った知識で世界を理解した気になっては、それを土台とする判断や行動も歪んだものになってしまいます。

与えられた資料に基づいて考える場合でも、偏った見方/狭い視点で考えていては、誤解は正されることなく誤った考えが固まってしまうかもしれず、誤りはきちんと正し、見方の偏りは補う必要があります


❏ 模範解答を示すことで修正を図るだけでは…

生徒の誤りを正すのに最も簡単でかつ広く用いられているのは、「先生が正解を示すこと」ですが、この手法では生徒が思考や調査に意欲を膨らませたり、正しい方法を身につける期待は持てません。

先生が「模範解答」を示すことを常態化しては、生徒は自分で考えるという行為に意味を見いだせなくなってしまうのではないでしょうか。せっかく考えても、先生が示した答えに上書きされることが分かっていれば、頑張って考えようという気持ちも萎んでしまうように思います。

多様な意見を引き出す場に限らず、発問して生徒を指名するときにも同じ問題が起きています。生徒の発言が間違っていたときに「そうじゃないよね、正解は…」と訂正するだけでは、生徒は「正解できなかった」ことを記憶に刻むだけです。

意見を言うにも、問いに答えるにも、「どうせ後で先生が正解を言うのだから」と思わせては、自発的に考えたり調べたりする意欲は損なわれるばかり。答えが与えられるのを待つだけの「"正解を言って欲しい" と言う生徒」を意図に反して増やす結果になりそうです。

誤りを放置するわけにも行かず、安易に訂正させるだけでは弊害が多いとなれば、いずれでもない方法を考えなければなりません。


❏ 誤った理解、偏った見方に気づかせる仕掛け

・問い掛けて、誤りに気づかせる

誤解していたり見落としていたりする箇所がはっきりしているのであれば、そこをフォーカスにした「問い」で、生徒自身による気づきと修正を促すというアプローチが取れます。

誤解や見落としが生じているようなら、「ここには〇〇と書いてあるけど、さっきの考え方だとうまく説明できる/どうすれば折り合いをつけられる?」と投げ掛けてみて、改めて考えさせるのも好適です。

特に、同じような間違いをしている生徒が多いようなら、クラス全体にそうした問いを投げかけて再考を促すのはとても効果的です。

問い掛けられてもなお、間違いに自力で気づけない生徒も、周囲の生徒が再考の結果、新たな視点を取り込んで意見や考えを改める姿を目にすれば、「なるほどそういうことか」と気づきを新たにするはずです。

・見方の偏りに気づかせる資料を与える

先生からの問いに代えて、視点の補完を図るための資料やデータ、事例を紹介するのも効果が期待できる方法です。

最初に読んだ資料と異なる立場から書かれたものを提示したり、最初の仮定と矛盾するデータを読ませたりすることがこれに当たります。

こちらの方法は、ダイレクトに問題に視点を向けさせる「問い」より、生徒自身に問題点の所在に気づくことを求める高度な活動ですが、複数の資料を照らし合わせて「矛盾を見つけて対処する」のは、PISAが測定する「読解力」にも含まれ、且つ、日本の生徒の正答率がOECD平均を下回ったところでもあり、積極的に鍛える機会を持つべきです。


❏ 意見や考えをシェアして、相互に気づきを補完させる

見落としや誤解に気づかせる「先生から問い掛け」に代わる方法に「他の生徒の発表に触れさせる」というのがあります。自分と異なる考えに触れて自分の考えを相対化できれば、見方も広がり、誤りも解けます。

教室にICT環境が整っているなら、生徒の意見をシェアするのにわざわざプリントを調える手間は要りませんし、生徒に板書させて余計な時間を使うこともありません。

Googleフォームで意見を集め、回答を終えたものをリアルタイムに共有しながら授業を進めている教室もあります。授業終了後の宿題提出にも活用できそうです。

こうした場面で周囲の書き込みを読んで触発されながら、自分の答えをブラッシュアップしていくのは「学びの深まり」にほかなりません。ちなみに、ある授業でどのくらい学びが深まったかは「最初に作った仮の答えと、学び終えて作り直した答えの差分」に現れます。

ICTの環境が整っていない場合でも、ワークシートを回し読みすることで同じようなことができます。書いた本人を特定できない方が、活発な意見がでそうなら名前を書かせなければ良い話です。


❏ シェアするものを先生が選び出し、じっくり読ませる

如上の方法にもひとつ難点があります。生徒が一度に処理しなければならない情報量が大きくなり過ぎて、じっくり検討ができないことです。

投稿された意見から、着目すべきものを先生がピックアップして、吟味の対象を絞ってあげた方がより深い学びが実現するようにも思います。

こうした「準備」を経れば、同じ学年の他クラスで出た意見や、過年度の授業で先輩たちが書いたものまで元の対象を拡げることができ、生徒の学びをより深く、視野の広いものにすることができそうです。

また、その日の授業で完結させるという発想から離れさえすれば、別のやり方も出てきます。「授業終了後にクラスのみんなの投稿を読んだ上で、次の授業までに自分の答えを作り直し、ワークシートに書いて提出する」という課題にしても面白いと思います。

読まれることを意識すれば、他者の理解と共感を得られる書き方をしようとの意欲も高まる、かもしれませんよね?



調べる/考えるといった活動の成果を表現させる(=言語化させる)ことは、思考力・判断力・表現力を鍛えるにも、情報の質と信ぴょう性を評価、矛盾を見つけて対処する力を養うためにも欠かせないものです。

こうした活動を通して、先生方は生徒の頭の中で何が起こっているかも把握できますので、これからの指導を設計する上でも重要な判断材料を得ることになるはずです。

誤解や見方の偏りを放置せず、正解を押し付けることなく、生徒ひとりひとりがより深い学びを実現できるように、様々なやり方を試しつつ、教科全体/学校全体で、より良い指導法を確立していきたいものです。


教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一