新しい学びの中で「覚える力」が持つ意義

社会に出ると、純粋な記憶力が問われるシーンはそれほど多くないように思います。日々発達するICTは、計算のみならず「記憶」も代行してくれます。膨大なデータを「検索」するスピードと精度は、人の「想起」をはるかに上回りますし、記憶が変に混ざることもありません。

ならば、覚えることはすべて機械に任せ、人はもっとクリエイティブな知的活動にエネルギーを使いましょうという話になりそうですが、ことはそう簡単ではなさそうです。現実を見ると、少なくともまだ暫くの間は、記憶という知的作業を軽んじるわけにはいかないように思います。


❏ 未来を拓くために突破すべき大学入試や資格試験

大学入試も出題に変化があり、学習型問題のように試験本番までに蓄えた知識量による差が大きく出ない問題も増えつつありますが、現段階では依然として知識量が得点や合否を決めるケースが多勢です。

小さい時から覚える練習/思い出す練習を重ね、覚え方/思い出し方を工夫して身につける中で高めた暗記力や記憶力が、進路希望の実現可能性を変えてしまう現実の前には、日々の学習指導の中でも覚えることを求めるタスクを軽んじることはできません。

もう少し先に進んで、職業生活の入り口に立とうとするときには資格試験に挑む必要も生じます。大学入試以上に知識量が点差に直結する傾向がありますので、それまでに身につけた覚える力/暗記力の差は、希望の職に就けるかどうかを分ける大きな要素になります。

もう少し先の未来になれば、テストもパソコン/タブレット上で行われるようになり、情報の検索はもとより、統計手法を用いた仮説の検証、
モデル化、シミュレーションなども含めた数理/情報スキルが、各教科のテストでも点数にはっきり現れるようになると思われます。

そういう時代に至れば、何かを覚えておくことが持つ意味は今よりも小さなもの、あるいは別のものになるでしょうが、ものごとを一つひとつしっかり覚えることや覚える力を身につけることが、その重要性を失うことはないと考えます。


❏ 覚えることに取り組むことで得られる能力・スキル

ものごとを覚えることには、対象となる事柄の記憶への記銘・保持・想起という直接的な「成果」以外に、覚えようと努力・工夫する中で得られる、副次的ながらも、とても大切な「効果」があります。

覚えたことそのものは、それを有効に使う機会に二度と遭遇しないかもしれませんし、時間の経過で記憶を保持・想起できなくなって、やがては覚えた痕跡すら失われることがありますが、覚えようとする中で獲得した「効果的に覚えるためのスキル」は本人の中に残ります。

ものごとを効果的に覚えるには、「精緻な観察」を通した「対象の特徴の抽出と把握」、その結果に基づく「意味づけ、関連付け、抽象化」といった知的プロセスを必要とします。いずれも物事の本質を見抜き、正しく理解しようとするときには繰り返し/欠かさずに用いるものです。

生徒一人ひとりがどんな覚え方をしているか、しっかり観察する機会を持たないと、生徒がこうしたプロセスをどこまで獲得しているか、ものごとにどう対峙しているかを把握できません。

意味も考えずに、既に知っていることとの関連付けも行わず、ただ根性だけを頼りに非効率な取り組みをしているのに気づいてあげられなければ、学びに必要な能力・スキルの獲得チャンスを逃させたまま。暗記は苦手というレッテルを自分に貼らせるだけの結果にもなりかねません。

授業の間に小テストの時間を挟み込み、そこまでに勉強したことを5分で整理し、覚えるというタスクを課してみたら、生徒はどんな取り組み方をしてくれるでしょうか。そうした場面での生徒の行動に想像がつきにくいなら、実際にやらせてみる必要があるかもしれません。


❏ 暗記と理解は対極にあるものではなく、車の両輪

知識偏重の教育を批判するとき、「暗記」と「理解」は、往々にして対極にあるものとして言及されますが、実際には、互いに補い合う関係にある「両輪」ではないでしょうか。

ある問題への解法を覚えていたことが奏功して、それを少しアレンジしてみることで、初めて目にした一見すると全く別の問題にも解への道筋を見つけ出すことができたという経験は誰しもあると思います。

暗唱できるほどしっかり覚えた例文に照らして、度忘れしてしまった/あいまいなまま理解していなかった文法規則を頭の中で再構成し、初見の誤所指摘問題に正解を選べたりすることもあれば、暗唱途中で記憶が飛んだときに、理解をもとにリカバーできることもあります。

調べればわかることでも、しっかり覚えていれば検索の作業に充てる時間を別の知的活動に回すこともできる分、覚えていなかったライバルに対してアドバンテージを持てることもあります。その一方では、理解を伴わない丸暗記では前提条件などが変わったときに解決に何の手立ても打てないことも十分に考えられます。

ここで挙げたのはいずれも大学入試を場面とする例ですが、入試を離れて職業生活などを想像してみても、似たようなことは起きるはずです。

確かな学びを実現するには、覚えることと理解することの双方に手を抜かずに取り組ませることが大切だと思いますが、如何でしょうか。


❏ 記憶に加えて、記録のスキルと能力

冒頭にも書いた通り、ICTは記憶やそれらを使った検索の機能を代行してくれますが、情報を上手に(=論理的かつ効果的に)検索し、知識に編んでいく過程では、「記憶」ではなく「記録」の力が重要です。

検索ワードを辿りながら、情報を集めていくと、どこをどう辿っているか自分の位置を見失っていくことがあります。複数のルートに分かれる分岐で最初の道を進むうちに、分岐やその先で確かめなければならないことを忘れてしまうことはないですか?

くれぐれも、思索の森で迷子にならないようにさせたいもの。

新しい情報が次から次へと入ってくると、ちょっと前の記憶はどんどん上書きされます。集めた情報をきちんと知識に編めるようになるためにも、辿ってきたルート/そこまでに得た情報をメモに起こし、構造化して整理する習慣と方策を身につけさせたいところです。

記憶力にばかり頼らず、記録力を上手に活用することは、以下の拙稿でも触れた通り、学びを深めたり、進路意識を形成していったりするときにも大切ですし、使える道具を最大限に活用して課題解決力を高めるという新しい学力観のもとで目指すものとも方向性を同じにします。

 ■ 体験のたびに感じたことをしっかり考え、言語化&記録
 ■ ノート持ち込み可の定期考査がもたらすもの


教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一